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ほとんどの世帯が持ち家ということになると、自分の家族の床面積需要がピークに達したときの広さを基準にして選んでしまいがちだという事実だ。
日本の勤労世帯の世帯主がようやく家が持てそうになる年齢というのは、ちょうど子供たちが育ち盛りで、どんどん床面積の需要が拡大する時期に当たっている。
つまり、「いずれは子供たちも巣立っていき、老夫婦だけが取り残されたら無駄なスペースが残ってしまう」というような想像力を働かせるのがいちばん難しい時期に家を持ってしまうことになる。
最近、住宅を取得してから二01三年たって、ローンも完済したし、日常生活にも余裕が出てきたという層の人たちの住宅観を調べたおもしろい調査があった。
ぼくがいちばん興味を持ったのは、持ち家に住んでいる、子供たちも独立し自分も一線からは引退した老夫婦の大部分が「自分たちの住んでいる家は広すぎる」と感じているというところだ。
国土交通省の官僚たちは、例によって「日本の持ち家も広さという点では充足したと言える段階に達した。
今後はバリアフリー化、省エネ化、長寿化など質的改善に力を注ぐべきだ」なんて間抜けなことを言っている。
「広さは十分だ」というのと、「広すぎる」というのはまるっきり違うということが分かっていないようだ。
これがもし、「だれにでも欲しいだけただでくれる」というものなら、多少広すぎたところで目くじら立てるにも及ばないだろう。
しかし、住宅はただで天から降ってくるわけではない。
日本の勤労世帯の大部分は、可処分所得のうち、食事代などの生活に不可欠の出費以外のほとんどを使って買うか建てるかするわけだ。
だから、「子供たちが独立してしまって、老夫婦二人だけで暮らすということになると、寂しくなるぐらい広すぎる」という感慨は、間違っても自分の家に対する満足度を示しているわけじゃない。
「こんなことなら、家にここまで金をかけずにほかのことに使えばよかった」とか、「あんなにローン返済のためにしやかりきに働かずに、もっと余裕のある生きかたをしていればよかった」という後悔の念が表れているのだ。
そして、この後悔は、一度持ってしまった家は簡単に買い替えられないので、できる限り床面積需要がピクに近いときに合わせてサイズを決めてしまうという、単純な事実から発している。
さて、住みたい街に話を戻そう。
東京の「両性具有の街」を見ていると、けっして男性と女性の中間にある中性的な街ではないことが分かる。
つまり、けっして性的魅力が欠けた街ではないということだ。
渋谷にしても、吉祥寺にしても、下北沢にしても、「両性具有の街」というのは性的特徴を欠いた中性的な街ではなく、完全無欠の女性が日常生活から生殖まで、男性を必要としなくなってしまった街なのだ。
「両性具有の街」のイメージ特性をもう少し細かく見ていくと、「品が良くて」「親しみがあって」「ネアか。
」「活気があって」「やさしい」ということになる。
これは、「おんな街」のイメージ特性とほとんど同じだ。
たったひとつ違っているのは、「おんな街」は「親しみがある」より「気取った」ほうにイメージが振れていることぐらいだ。
つまり、「両性具有の街」は生活力のあるいい女が、自信を持っているから気取りも捨てられる、そういう心境に達した状態なのだ。
そして、前記の三つの街に共通の特徴をもうひとつ挙げると、「回遊性」がすばらしいということだ。
一四1一六ページの三つの図を見比べていただきたい。
どれを見ても、大きな動線で固まれた中に、網の目のように小さな動線が張りめぐらされた格好をしている。
タウンメッセージ調査の一の街には取り上げられていないので、ここには示さなかったが、自由が正の動線グラフも、まったく同じ格好をしている。
「おんな街」はどうか?左の二つの図を見ていただきたい。
やっと囲いはできたけど、その中に網の目を作り込むのはこれからという絵になっている。
多分、この調査では原宿は「おんな街」だったが、いま同じ調査をやったとしたら、かなり網の目ができていて、街全体のイメージも両性具有に変わっているかもしれない。
ここからも、両性具有の街は決して中性的な街ではなくあて、成熟した「おんな街」だということが分かる。
こういうことを言うと、絶対「どうして四歳の銀座が成熟してむないのに、二六歳の渋谷や吉祥寺が成熟しているんだ?」街というような質問が飛んでくるだろう。
当ったり前じゃないですか。
人間だっていくつになっても成熟しない人もいれば、若いころから成熟している人もいる。
みんながなんでもかんでも歳相応に振る舞わなきゃいけないという先入観があるから、当たり前のことが見えなくなってしまうのだ。
最後に「おとこ街」の動線を見ると、これは悲惨だ。
とくに池袋がひどい。
基本的に大通りを行って帰って、それでおしまいという格好をしている。
「用があるから行く、用がすんだら帰る」というかたちの、味もそっけもない動線だ。
また、新宿はそれなりに大通りからの枝分かれがはじまっているが、大きな囲いが形成される気配がない。
「おとこ街」の動線は、「二点聞の最短距離は直線である」と言っている。
「おんな街」の動線は、「この中に私の欲しいものはほとんど揃ってるのよ」と言っている。
そして、「両性具有の街」の動線は「ブラプラ歩いていると楽しいわ1」と言っている。
あなたなら、どこに行きたいか?「おんな街」は、動線がある地域を囲むように形成されている。
そしてもっと人気の高い「両性具有の街」では、太い動線で固まれた枠の中に、細い毛細血管のような副次的な動線が錯綜している。
この街の人気を反映する性別と動線のパターンとの照応関係は、人聞が地理的な情報を把握する場合に必ず通過する認知の三段階とみごとに一致している。
(地理的情報の)認知マップには、発達段階がみられる。
子供の成長に応じたマップの発達、あるいは、新しく引っ越してきたひとが、地域の様子を学習し、しだいに詳細なマップを獲得していく過程である。
・そこには何らかの法則が感じられる。
①経路的(ホドロジか。
)自宅や学校などの拠点を中心に、移動経路を線的に表現している構成。
方位や拠点相互の位置関係は、ほとんど意識されな②放射的(プロジェクテイヴ)拠点から拠点へいたる経路が複数描かれ、併せて相互の位置関係がほぼ正しく認識される段階。
③構成的(ユークリッド)ある圏内のすべての拠点や道が、二次元・三次元の中で正しく位置づけられる段階。
ホドロジか。
な絵は、小学校低学年、および引っ越してきて聞もない児童に多く見られる。
逆に、ユークリッドな絵は高学年の児童に多い。
要するに、幼児がだんだん成長していくときにも、おとながいままでぜんぜん知らなかった土地に引っ越したときにも、人聞が自分の住んでいる場所に関する地理的情報を積み上げていくパターンには、明確な規則性がある。
最初は「ホドロジか。
」という「おとこ街」の動線のような認知から出発する。
そして、だんだん経験を重ねるにしたがって「プロジェクテイヴ」という「おんな街型」の動線へ、さらに「ユークリッド」という「両性具有型」の動線へと、認知のありかたが進んでいくわけだ。
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